メラトニンとがん――「眠りのホルモン」に秘められた抗がんの力
私たちの体には、昼と夜のリズムに合わせて働く「体内時計」が備わっています。そのリズムを支える重要なホルモンのひとつが、メラトニンです。一般的には「睡眠ホルモン」として知られていますが、近年の研究では、がんの発生や進行にも深く関わっていることが明らかになってきました。今回は、メラトニンとがんとの関係を示す3つの科学的研究を通して、このホルモンの奥深い働きを探ってみましょう。
■ メラトニンとは何か
メラトニンは、脳の中心部にある**松果体(しょうかたい)**という小さな器官から分泌されるホルモンです。夜、周囲が暗くなると分泌量が増え、自然な眠りを促します。逆に明るい光を浴びると分泌が抑えられ、覚醒状態を維持するように働きます。
つまり、私たちの体は「光のある昼」と「暗い夜」を感知して、メラトニンの分泌を調整しているのです。昼間は低く、夜になると上昇する――そんなリズムが健康的な生活の基盤をつくっています。しかし、夜遅くまで明るい場所にいたり、スマートフォンやパソコンの画面を見続けたりすると、この自然なサイクルが乱れてしまいます。
実際、室内照明とメラトニン分泌の関係を調べた研究では、「薄暗い明かりで眠る」場合には夜間のメラトニンが正常に上昇するのに対し、「明るい照明の下で眠る」とメラトニンはほとんど増加せず、夜中でも低いまま推移することが分かっています。
■ 研究①:メラトニンの抗がん作用
メラトニンは単なる睡眠ホルモンではなく、「抗がんホルモン」とも呼ばれるほど、細胞レベルでがんの成長を抑える力を持っています。
細胞培養や動物実験では、メラトニンががん細胞の増殖や転移を抑制することが確認されています。例えば、マウスにがん細胞を移植した実験モデルでは、メラトニンを投与することで腫瘍の成長が明らかに遅くなりました。
そのメカニズムとしては、メラトニンが持つ抗酸化作用や免疫系の調整作用が挙げられます。がんの発生には、細胞内での酸化ストレスやDNAの損傷が大きく関わっています。メラトニンはこれらを抑えることで、細胞の老化や変異を防ぐのです。
人を対象とした観察研究でも、メラトニンの分泌が多い人ほどがんの発症率が低い傾向が報告されています。まだ確定的な結論には至っていませんが、基礎的データと一致した結果といえるでしょう。
■ 研究②:夜の明かりとがんリスクの関係
次に、環境要因としての「光」とメラトニンの関係を見てみましょう。
2017年、ハーバード公衆衛生大学院が発表した大規模研究が注目を集めました。10万人以上の女性看護師を対象に、居住地域の夜間照明の明るさと乳がんの発症率を解析したところ、夜の照明が明るい地域に住む女性では乳がんのリスクが最大14%高いことが分かったのです。
この結果は、夜間に強い照明を浴びることでメラトニンの分泌が抑えられ、体の自然なリズムが乱れることが原因の一つと考えられています。メラトニンにはエストロゲン(女性ホルモン)の分泌を抑制する作用があるため、メラトニン不足は乳がんリスクの上昇につながる可能性があります。
同様の傾向は、前立腺がんや大腸がんなど、他のがんでも報告されています。都市部の夜景や24時間営業の店舗など、私たちの生活環境は夜でも明るくなりすぎています。こうした「過剰な光」は、英語では“light pollution(光害)”と呼ばれ、がんのリスク上昇もその一環と考えられます。
■ 研究③:食事から摂るメラトニンとがん予防

意外に思われるかもしれませんが、メラトニンは食べ物にも含まれています。
岐阜県高山市で実施された「高山スタディー」という研究では、3万人以上の住民を対象に、食事中のメラトニン摂取量と肝臓がんの発症リスクとの関連を調査しました。その結果、メラトニンを多く含む食品をよく摂取する人は、肝臓がんのリスクが約35%低かったことが報告されています(『Cancer Science』誌、2024年2月号)。
特にメラトニンを多く含む食品としては、
- アーモンドなどのナッツ類
- バナナやキウイなどの果物
- トマトなどの野菜
- 牛乳や卵
が挙げられます。
この研究では、年齢・性別・BMI・飲酒・喫煙・運動量・カロリー摂取・睡眠時間などを調整した上でも、結果は有意に変わらなかったといいます。さらに、メラトニンの原料となるアミノ酸「トリプトファン」には同様の効果が見られなかったことから、メラトニンそのものががん抑制に関わっている可能性が高いと考えられます。
■ 日常生活でできるメラトニン習慣
これらの研究を踏まえると、メラトニンを味方につけるためには、次のような生活習慣が大切になります。

- 夜はできるだけ暗くして眠る
寝室の照明は控えめにし、スマートフォンの使用も就寝前1時間は避けましょう。 - 朝はしっかり光を浴びる
朝の光を浴びることで、体内時計がリセットされ、夜にメラトニンが自然に分泌されやすくなります。 - メラトニンを多く含む食品を取り入れる
ナッツや果物、野菜、乳製品をバランスよく摂ることで、体内のメラトニンを補う助けになります。
■ おわりに
メラトニンは、私たちの眠りを支えるだけでなく、細胞の健康を守るホルモンでもあります。
夜の明かりを少し減らすこと、そして自然の恵みからメラトニンを摂ること。それだけでも、がんをはじめとする生活習慣病のリスクを下げる一助となるかもしれません。
静かな夜に灯りを落として眠る――そんな小さな工夫が、あなたの体を内側から守ってくれるのです。