はじめに
「発達障害」という言葉を耳にする機会は近年大きく増えています。テレビやインターネットを通じて知識が広まり、職場や学校でも少しずつ理解が深まってきました。しかし、当事者にとっての暮らしやすさはまだまだ十分とは言えません。診断を受けて社会で働くことは可能になってきたものの、現実には多くの困難が立ちはだかっています。
本記事では、ADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)を中心に「発達障害の理想と現実」について考えていきます。特に就労状況や収入、社会的背景を取り上げながら、理想とされる社会像と現実のギャップを整理してみましょう。
発達障害とは
発達障害とは、生まれつき脳の働きに偏りがあり、そのために生活の中で困難さや生きづらさを感じやすい障害の総称です。
- ADHD(注意欠如・多動症):集中が続きにくい、忘れ物が多い、衝動的に行動してしまうといった特性が見られる。
- ASD(自閉スペクトラム症):人とのコミュニケーションが苦手で、場の空気を読むことが難しい場合がある。強いこだわりや感覚の過敏さも特徴。
- LD(学習障害):読み書きや計算といった特定の学習領域で著しい困難を抱える。知的能力は保たれているが、得意不得意の差が大きい。
これらは明確に線引きできるものではなく、複数の特性を併せ持つ方も少なくありません。支援や環境が整えば力を発揮できる反面、理解が不十分な環境では孤立や失敗体験を繰り返しやすいのが現実です。
就労状況の現実
雇用実態調査からみる数字

厚生労働省の「平成30年度障害者雇用実態調査」によれば、従業員規模が5人以上の事業所に雇用されている障害者数は82万1000人でした。そのうち発達障害に該当する人は3万9000人と報告されています。割合としてはまだ小さいものの、年々増加傾向にあります。
一方で、診断を受けながらも「障害者雇用」ではなく、一般雇用枠で働いている人も多く存在します。つまり、統計に表れない部分でも発達障害者が社会のあちこちで働いているのです。
職業別の傾向
職種の内訳を見ていくと、
- 販売業:39.1%
- 事務職:29.2%
- 専門的・技術的職業:12.0%
という結果でした。特に専門職の割合が比較的高いのは特徴的です。強いこだわりや集中力を武器に専門分野で力を発揮する方が少なくないことを示しています。

賃金と労働時間のギャップ
発達障害のある人の1か月あたりの平均賃金は約12万7000円。さらに就労時間によって差が生じています。
- 週30時間以上勤務:約16万4000円
- 20〜30時間未満勤務:約7万6000円
- 20時間未満勤務:約4万8000円
平均的な労働時間は月130〜140時間程度とされ、一般雇用のフルタイム労働者と比べて短い傾向にあります。その結果、給与額も低めにならざるを得ません。生活を安定させるためには副業や家族の支えが必要となるケースも少なくなく、「自立して暮らす」という理想と現実の間には依然として大きな差が存在しています。
障害者雇用率の変化
平成30年当時、障害者の実雇用率は**2.05%でした。その後、令和3年には2.20%**と上昇しています。これは法定雇用率が段階的に引き上げられていることも影響しています。企業側が雇用に取り組む意識を高めざるを得ない状況がつくられつつあり、障害者が働く機会は少しずつ広がっています。

理想としては「どの職場でも安心して働ける社会」ですが、現実には配慮が不十分な職場も存在します。表面的な雇用率の達成にとどまらず、職場環境の改善や長期的なキャリア形成の支援が必要です。
コロナ禍と在宅ワークの普及
もう一つ見逃せないのが働き方の変化です。コロナ禍以前の在宅ワーク普及率はわずか10%程度でしたが、2021年には**32%**まで急増しました。

これは発達障害のある人にとって大きな追い風となりました。職場での人間関係や過度な刺激に悩むことが減り、自分のペースで集中しやすい環境を整えられるからです。もちろん、在宅勤務がすべての人に適しているわけではありませんが、「働き方の選択肢が増えた」という点は理想に近づいた部分だと言えるでしょう。
理想と現実の間で
ここまで見てきたように、数字の上では発達障害のある人の雇用は増えています。しかし、就労条件や賃金面ではまだまだ厳しい現実があります。
- 理想:発達障害の特性を理解し、適材適所で力を発揮できる社会
- 現実:短時間勤務や低賃金にとどまり、自立した生活を築くのは容易ではない
ただし、変化が全くないわけではありません。在宅ワークの普及や障害者雇用率の上昇といった動きは、確実に当事者にとって追い風となっています。
おわりに

発達障害の理想と現実のギャップは依然として大きいものの、少しずつ社会は前進しています。数年前には考えられなかった働き方が可能になり、企業の理解も広がりつつあります。
今後必要なのは、単なる「雇用率の数字合わせ」ではなく、一人ひとりが自分らしく働ける環境づくりです。そのためには、職場の理解を深める啓発活動、合理的配慮の実践、そして当事者自身の得意を活かす工夫が欠かせません。
発達障害を持つ人が「生きづらさ」ではなく「自分らしさ」で社会とつながれるように。理想と現実の差を少しでも埋めていくことが、これからの課題といえるでしょう。